三枚目のハンカチ

プリンス・フィリップ(Duke of Edinburgh)、薨去ウィンザー城で行われた最期の別れの様子をBBCの中継で見ていた。感染症の拡大するなか、慣例と比べおそらくかなり小規模な式であったと思う。それでも非常に心打たれるものがあった。いかに格式と儀礼がものを言うか、それらの象徴の頂点たる英国王室は、この疫災下であっても彼らの為すべきことを粛々と為した。そう思った。

 

占星術がいうところによると、我々は近年、「風の時代」に突入したという。風。故郷を持たず、永遠に旅を続ける透明な存在。吹き抜け、揺り動かし、過ぎ去り、消える。消えてはまたやってくる。自由。個性。柔軟さ。そういった資質が価値となり、ひいては財産となる時代だそうだ。

 

思えば数年前から私たちは風のようなものを愛した。

 

日々の記録にと書き連ねたブログは、スクロールによって毎秒ごとに視界から消え去るツイッターへ。サブスクリプションに次々とアップされ次々に埋もれる、かつてはCDやレコードであった音楽の儚すぎるひとひら。今日インスタグラムに投稿されたスイーツの画像を、明日誰が覚えているというのだろう?契約を解除すれば跡形も無く画面から消え去る、長たらしい映画たちの、あるいは10分でヌけるアニメーションの、群れ、群れ。エトセトラ、エトセトラ。私たちの愛するほとんどすべて、私たちは風に託した。そしてその選択から漏れたあらゆる小さな愛しきもの、優れたもの、それらはきっとことごとく、"風と共に去"った、のだろう。(そしてスカーレット・オハラは畑に植わった根菜を噛みちぎりこう言った、「私は二度と飢えない」。なんて素晴らしい台詞。私たちは二度と飢えない、音楽にも映画にも言葉にも。)

 

自由、自由、自由。

とにかく自由を愛し、社会規範の見直しを叫び、ともすれば乱雑な革命をも許容できる私たちが、「ジャストサイズ」というファッションを駆逐して数年が経つ。でっかいブラウス、でっかいワイドパンツ、でっかいコート、そして信じられないほどにちっこいバッグ(カブトムシしか入らない)。テロテロの、裾を地面に引き摺るパンツを街なかで見かけて私は何度も振り返り、確認する、現在この国は、深刻な感染症下にあるはずではなかったか?なぜ、若きも大して若くなきも、衣服を使って自らの体表面積を最大限に「拡大」し、目に見えぬウイルスの付着する可能性をじぶんで高めているのか。手のひらより大きく長いフリルをあしらわれた袖。太ももの倍以上に広げられたパンツ。私たちの身体は、いまや実質の約二倍だ。鼻の粘膜すら通り抜ける小さな小さな敵と大戦争をおっぱじめて一年も経つというのに、私たちのファッションはそのミクロな敵に、やさしく門戸を開いている。

体たらく、と言わずして何であろう。非理性、と言わずして何であろう。徹底的に理解したことがある。私たちは我慢ができない。ウイルスに?違う。孤独に。触れられない、触れてはいけないという孤独に。というより、その孤独にふんだんに含まれるエロスに。あるいはタナトスに。死と病に分断される社会のなかで、身体は無意識に一見非合理な拡張を目指す。触れられない。触れたい。抱きしめたい。禁じられた粘膜と粘膜による接触。DNAが叫ぶ、遅すぎると。細胞分裂では遅すぎる。間に合わない。時間がない。「ZARAはどこ?」。

 

接触という新しい規律に、無言で抵抗する街じゅうのドレスの衣擦れ。これは叫びである。ソーシャルディスタンスという新秩序に置き捨てられた身体の叫び。私たちは動物である。動物的でありすぎるほどに、動物であった。

しかしながらこの諦観は、私を前へと、これまでと違う方角へと、進ませる。より動物的でないほうへ。自由気まま、やりたい放題である状態を讃美し、自らすすんで獲物を食い散らかす、それを「自己肯定」と呼ぶ世間から、更に遠くへ。迷いと不決定の、深い叢林へ。若山牧水は言った、「出づるな森を、出づるな森を」。迷いと不決定、不安と自己否定によって、私たちは森の中を彷徨う。しかしここで認めるべきは、その森を、その不自由を拭い去る意志のみを人間性と呼ぶのではなくて、私たちはむしろその迷いの森の中で生きてこそ、人間たり得るというひとつの見地である。

 

獣の振る舞いを、白いレースのハンカチに包んで、バッグに仕舞う。画家で編集者の中原淳一は戦後すぐ、荒廃する日本に生きる女性に向けてこう綴った、「ハンカチは三枚持つこと」。一枚は化粧室で、もう一枚は膝の上で。最後の一枚は自分ではない誰かのために、綺麗なままで持っておくこと。この最後の一枚のハンカチこそ、「獣」ではない「人間」の証である。そして今私たちが褒めそやすタイニー・バッグ、には、三枚のハンカチが果たして入るか、否か。(ジジ・ハディドがもしあのタイニー・バッグの中ハンカチを三枚持っていたら、世界はきっと平和になるだろう。絶対に。)

 

10兆回は言われてきたであろうことを、10兆1回目に繰り返す。世間では悲しみと苦しみとが往来する。その唐突さ、無秩序に、途方に暮れることがある。そんなとき、私たちを救ってきたものはいったい何であったか。10兆回私たちを救ってきたもの---それは「自由」だったか?つまり、どこにでも行ける、何にでもなれる、というような、そういう変幻の幅を担保する「自由」であっただろうか。男物のスウェットを着ても良い、女物の羽織を着ても良い、というような、選択の自由であっただろうか。

私は多少の誤解を招くとしてもこれを宣言したい。どうにもならない究極の悲しみと苦しみのなかで私たちを救ってきたものは、自由ではなく儀礼であった、と。格式と、その振る舞いから湧きおこる尊厳の屋城であった、と。あまりにも動物である私たちの、動物であるゆえの痛みを和らげるものは、水滴を風圧で吹き飛ばすジェットハンドクリーナーではなく、レースの白いハンカチであった。膝の上に広げる美しいナフキンであった。今にも崩れ落ちそうになりながらもプライドだけを背骨に通して何事もない顔で飲む一杯の苦いコーヒー。喪の黒。祖先の形見のパール。または祝儀袋の水引き。誕生日のホールケーキ。赤いカーネーション。チョコレート。各種奉納、豊穣、息災を祈る祭。

あらゆる儀礼が、あらゆる儀式が、あらゆる格式が、私たちの時間を、不安になるほどに続いていく無秩序な時間を、一つの花束にする。悲しみの花束。喜びの花束。その紐帯こそが、儀礼であり、格式である。そして新たな風を、「自由」を最上のものとして崇める私たちが、最も雑に扱う運命であるのも、この儀礼と格式である。

 

私たちは風のように生きていくことはできない。風のようになる、とは、己の存在を、他の存在を、薄弱化させることである。薄弱化したアイデンティティを心底から喜べる人間は未だ少なかろう。私たちは今でさえ「いいね」を受け取って嬉しがっている。写真が盛れたと言って喜び合う。えてして実存在の前提をどこまでも捨てることのできない、存在そのもののエクスタシーの固着物である。

 

 

久しぶりにリボンタイのブラウスに袖を通した。胸でリボンを大きく結ぶのも良いが---首の両側にタイを一周させ、首輪のように覆ったあと、前面に短く戻る端を、ブローチで留めた。自分を躾けるように。お前は人間だ、と、言い聞かせるように。自由と美しさから多くのものを学んだように、理性と忍耐からも、多くを学ばんことを。自分を愛するということを、決して履き違わぬ、よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽は聴こえるか  伯牙と鍾子期

 

塾講師をしていた頃、漢文を受講する生徒が多くおり、彼らに教えるために、教科書や問題集を片っ端から読んでいたら、「これはいい話だなあ」と思うものがいくつかあった。生徒に教えながら自分の漢文に対する敷居も低くなった。

 

一番好きなのは『捜神記』の天使の話である。

家に帰ろうと馬車を駆っていた主人公の男が、道端で女に出会う。親切心で載せてあげたら、実はその女は天の使いで、今から主人公の男の家を焼きに行くところだったと言う。しかし馬車に載せてくれたことに免じて、今それを告げた、と。男は家を焼かぬよう天使に乞うた。しかしそれは叶わぬと言う。願いは聞き届けられない。必ず家は焼く。私は努めてゆっくりと向かうから、その間に家財を持ってここを去れ、と天使。男は言われるままに行なった。そしてあくる日の日中、男の家から火が出た。

 

この話は高校漢文あたりでは頻出で、問題集を開けばすぐに出てくる。その理由はよくわからないが、甘さと辛さが実にいい塩梅で、人の世の条理が凝縮された話のように感じて、とても好きである。馬車に載せたくらいで男が完全に許されないのも好きだ。しかしそんな許されない男にも、逃げ道が用意されるのがまた好きだ。天の使いを名乗った女は、どういう女なのだろう。男は一体どんな罪を犯したのだろう。救いとは何だろう。逃げ道とは何だろう。理解しようと思えば理解できそうで、理解できないと思えば理解できないような、そんな不思議な話である。

 

さて、今日私が本当に述べたいのはこれとは全く別の作品についてである。この話には数か月前から関心を持っていた。中国の古典は複数の作品にまたがって伝えられていることが多いため、図書館で一度しっかり調べておきたかったのだが、この感染症社会ではなかなかそれもリスキーな行為となってしまった。あくまで個人的な思いを述べるだけに留まるが、記しておきたいと思う。

以下、角川ソフィア文庫『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典  蒙求』より、書き下し文の引用をさせていただく。現代語訳文は私。

 

 

列子に曰く、伯牙(はくが)善く琴を鼓(ひ)き、鍾子期(しょうしき)善く聴く。伯牙琴を鼓き、志、高山に在り。子期曰く、「善きかな、峩峩(がが)乎(こ)として泰山の若(ごと)し。」志、流水に在り。子期曰く、「善きかな、洋洋(ようよう)兮(けい)として江河(こうか)の若し。」伯牙念ずる所、子期必ず之を得(う)。  呂氏春秋に曰く、鍾子期死し、伯牙琴を破り絃(げん)を絶ち、終身復(ま)た琴を鼓(ひ)かず。以為(おも)えらく為に鼓くに足る者無し、と。

―――蒙求「向秀聞笛、伯牙絶絃」

 

列子』によると、伯牙は琴を弾くのが上手く、鍾子期はそれを聴くことが上手かった。伯牙が琴を弾くと、その志は、高山のように高かった。(鍾)子期は言った、「すばらしい、その険しさはまるで泰山のようだ」。伯牙の志が流水にあるときは、子期は言った、「すばらしい、その洋々とした感じはまるで江河のようだ」。伯牙が伝えようとしたことを、子期は必ず理解した。  『呂氏春秋』によると、鍾子期が亡くなったとき、伯牙は自分の琴を壊し弦を切った。そして自身の死が訪れるまで、二度と琴を奏でることはなかった。自分が琴を弾いて聴かせるに足る人間はもういないと、思ったからである。

 

 

 

音楽をめぐる伯牙と鍾子期のエピソードは、親友の意を表す「知音」という二字熟語となって、現在も多く知られている。高校の漢文の教科書にも載っているとネットで読んだが、私の記憶にはない……(忘れているだけと思われる)。

私がこの話を読んだのは、今年の2月か3月ごろであったと思う。読んで一言、ただただ「リアルだな」と思った。そして同時に、この話はあまり多くの人には理解されないだろうな、とも思った。このエピソード「知音」は、「親友」、つまり友情の話として大きく括られて今に至っており、熟語には音楽の意味はスッポリと抜け落ちている。真の友情は得難いもの、教訓もそんな感じだ。

 

一般的な読者にとって、この話で一番感動的なシーンは、おそらくラストにある。伯牙が、亡き友人と過ごした音楽の日々を思い、自ら楽器を絶つ場面。でも私にとって、そのシーンより数倍凄みのある場面は前半にある。「伯牙が音で高山を表現すれば鍾子期はピタリと高山のイメージをキャッチし、伯牙が音で流水を表現すれば鍾子期もピタリと流水のイメージをキャッチした」。ここの部分である。こんなことができる人が、こんな聴力を持つ人が、この世にどれだけいるだろう。そして音楽家がこのような聴力を持った稀有な人間と出逢える幸運は、いったいどれだけのものだろう。伯牙と鍾子期の友情は、単なる「友情」ではない。見えもせず触れもしない媒介物=音楽、を使って、両者が高い精度で会話以上の会話を行っていた、奇跡の話なのだ。そしてそんな奇跡に比べたら、人間同士の一般的な友情など、とんでもなく些細な話である。言葉以上に分かり合えることができる者どうしには、友情なんて尺度は存在しない。お互いの存在が奇跡に近いのだから。代わりが利かないのだから。だからこそ、鍾子期が亡き後、伯牙は、潔く自らの愛した琴を辞めるのだ。「亡き友人を思って」などではない。「亡き奇跡を思って」である。それくらい、音楽家にとっての聴者は、奇跡に近い。特に「本当に音楽を聴くことのできる聴者」は。伯牙と鍾子期の逸話は、音楽の持つ言語的側面を描いたものであり、そしてその言語たる音楽が、この世にいかに存在し難いかを見事に表している。私はこれを「リアル」と感じたのはそのためである。

 

 

大昔は実際に楽器を奏でることこそが音楽であったが、私たちは身近に楽器を得意とする人間がいなくとも、日々音楽を享受している。そして「感動した」だの「最高」だの、「前より良くなった」だの、様々なコメントをする。私たちは非言語的なセンセーショナルな何かを、音楽を享受することだと、ひたすら思っている。それは音楽家も同じだ。聴者にとって自らの音楽が何かしらのポジティブな力、あらゆる感動や興奮、モチベーションとなってくれたら御の字だ、と思っているだろう。実際、それで音楽は回る。全く問題はない。しかし、自分は音楽家のイメージした高山を、高山として、ずばり言い当てることは出来るか。流水のイメージを流水のイメージとして、捉えることはできるか。たとえば誰かが「あれは河だね」と言った文言を聞いて「うむ、河か」と伝達する精度でもって、音楽を聴くことはできているか。そういう音楽の聴き方を、一度でも考えたり、実際に遭遇したりしたことは、あるか。そういった音楽の在り方を、一度でも、願ったことはあるか。

 

言葉を理解することとは、相手が「河」と口にしたら、「河」というイメージをキャッチすることである。それがどんな河であるかまでは個人の経験によるが、とにかく「河」という言葉には「河らしきもの」をイメージさせる力があり、その力を己の力で以って受け取ることを、私たちは会話と呼ぶ。または、理解、と呼ぶ。「河」という言葉に対して、「山」をイメージすることは、伝達としては誤謬がある。「河」と言ってはしょっちゅう「山」と勘違いされる言語は、言語として何らかの改善措置が必要だと、誰もが思うだろう。

ならば音楽は。音楽はどうだろう。私たちは「河」を聴いているのに「山」と捉えてはばからない。そして「河」を「山」と捉えては、その悠大さに勝手に感動している。なぜなら、感動することこそが音楽の第一義だから。センセーショナルであること。そうであれば、山だろうと河だろうと、何でも良い。実際、私たちは音楽から「河」を判別することはできない。許し合っている。理解できないことを。勘違いし合うことを。それが私たちの言う、音楽の力である。そしてその大ざっぱな、なんでもござれな、懐の深い音楽の力は―――煽動へと発展する。音楽が戦争や闘争、あらゆるアジテーションの力を持つのは、音楽家と聴者が、お互いの無理解を無限に許し合った結果である。先述した鍾子期のように、河を河と、山を山と聴き分ける耳を万人が持っているならば、まず音楽は煽動の力を持ったはずがない。

 

私たちは何を聴いているのだろう。何を「聴けて」いるのだろう。私たちは音楽を聴いているか。音楽は、本当に聴こえているか。紀元前400年ごろに描かれた、今から約2500年を隔てた物語が、そう問いかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

呼吸のプランC

 

ブレス(breath)について考えている。

先日ベクヒョンの新しいアルバムが私のデバイスにも届いた。とてもオシャレなアルバム。MVも公開されているリードトラック「Candy」は近年のKPOPが得意とする浮遊感極まった楽曲で、ボーカルのフレージングにしても捉えどころのない、ある意味とても環境音楽的な、「ボーカルの旋律一本で己を喋り倒す」ということをやめた2010年代後半のさらにポスト、といった感じの楽曲である。

(旋律でベラベラ喋り倒すところを、他の要素---例えばバッキングの他楽器のメロディ、コーラス、あるいは音楽からも外れてMVやMVにおけるダンス、ファッションといった要素で埋めていく、という方法論はここ数年ランキング上位のメジャーなポップスでは顕著である。ちなみに今回の「Candy」のMVには80-90sが生み出したパストフューチュリズムの回顧があり、単純に表現すると『AKIRA』っぽい。)

 

シンとした部屋でこのアルバム、というか「Candy」を聴いていたら、なんだか不思議な感覚に陥った。ブレス音(呼吸音)がある。

ブレス音というと、「?どの曲にもそりゃあるのでは?」と思ってしまいがちなのだが、そういうわけではない。

例えばテンポが速く楽器数の非常に多い曲だったり、あるいは人工的な、"デジタル"なサウンドが目立つ楽曲では、あえてブレス音はカットされていることが少なくない。逆にテンポの遅いバラードや、アコースティックな楽器を単体で使ったアレンジなどでは、ブレス音は「旋律を邪魔しない程度に」残されているのが普通だ。後述するが、主に90年代以降の米国R&B周辺では、楽曲におけるセクシャルな記号としてもこのブレス音は大いに用いられてきた。

この「Candy」という楽曲は、バラードでもなければ音数の少ないアコースティックサウンドでもなく、また完全な米国寄りの本格派R&B、というわけでもない、MVを鑑みても「(アニメ的な)宇宙感」すら漂う楽曲だ。通例ならば、ブレス音は積極的な足跡を残さぬよう構築されている場合がほとんどだ。

ところが本作では、全編にわたってブレスが丁寧に拾われている上、Cメロ前の休止(ブレイク;楽器が沈黙するところ)にも、ブレス音は削られぬまま入り込んでいる。

 

 

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声の録音作業におけるブレスの存在について、少し振り返ってみることから始めようと思う。

歌を歌う際、おそらく歌い手が一番に気にするところは、音程の正しさや、声のトーン、表現の仕方、といったものである。主にマイクに着実に乗るであろう声について、「届けたい歌」について、考えたり悩んだりする。この感覚は我々がカラオケに行って歌う時等と、そこまで変わらないものと思う。

だが、歌を録音しより良いサウンドに編集する係の人(=エンジニアやミキサー、ディレクター)がまず一番最初に取り掛かり、そして最後まで格闘しつづけるのは、実は「ノイズ除去」である。どんなに良い歌を良いコンディションで録ることができたとして、例えばマイクに歌手の服の衣擦れの音や、その他イスの音やら何やらの生活音が紛れ込んでしまっていたら、それは「音楽を録る」という彼らの仕事の第一義を損なう。また編集作業の途中で、歌声にあるエフェクトをかけると独特のノイズが生まれたり、ということも多々ある。そういったノイズに対しても対処していく、つまりノイズ=「届けたくない音」と闘い続けることが彼らの仕事の重要部分、と言ってもいい。

 さて、その「ノイズ除去」には、歌い手の口元のノイズ---リップノイズ、さらにブレス(呼吸音)が、当然、含まれる。音楽、特にポップスには、ほとんど予め想定された旋律がある。その旋律に対して、「ブレス」はいつも外側に位置するものだ。よって、ブレスは「ノイズ」となる余地が十分にある。ブレスの音を処理する、ということは、歌声の録音において必要不可欠な「手入れ」だ、ということになる。

だが、このブレス音の処理に関しては、他のあらゆる音楽の表現・ミックス(楽曲の音響的は編集作業)と同じように、誰もが実践し、また誰もが守らなければならないような明確な基準は、存在しない。通例めいたものがボンヤリと存在するのみだ。

 

ブレス音は、なくてもよい(カットしたり、ボリュームをゼロにしてもよい)し、また目立っていてもよい(ボリームを上げてもよい)が、通例としては、歌の旋律より目立たぬあたりの塩梅で、調整し、残す。のが、普通である。

また、バラードのときや、楽器の数が少なく音と音の隙間に空間があるときは、たいてい、残す。のが、これまた普通である。

まあ大体、の話である。

 

ブレスをある程度残すことは、大体のエンジニアの方が一応の基本として学校や教本で習うことなのではないかと思う(宅録ラーではあるが私も書籍などでは毎回そう確認する)。「歌を歌う」という行為が「息を吸う・吐く」の繰り返しの上に成り立つことは、経験上、誰しもに自明だ。よって「歌声がある限り呼吸音がある」という一種の自然主義的態度は、録音技法の上にも根付いていると言える。

言い換えれば、ブレス音はノイズとして捉えることもできるが同時にノイズだと完全に言い切ることもできない極めて曖昧な要素、ということだ。実際、あらゆる楽曲における歌声のブレスの大きさ、入り方を、聴き比べてみるとそれは明らかだ。どれ一つとして同じものはない。あるものは全くブレスしていないかのようにカットされ、またあるものはクロールの息継ぎの最中でもあるかのようにブレスを際立たせていたりする。つまり、ブレス音を残すか、残さないか、残すとしたらどのくらいの割合で、どのくらいの音量で残すか‐‐‐という判断は、制作側が全面的に引き受けるものであり、そこにはとめどない自由裁量が(もしかしたら音楽理論よりも自由な地平が)広がっているのである。

 

 

***

 

とりあえずKPOPの全盛期(2010年代付近)、ベクヒョンの事務所の楽曲と、その他の事務所の楽曲を数曲ザッと聴いてみる。

(選曲はとりあえず、

・アコースティックなバラードでないこと

・過度にオーガニックだったり逆に過度にビキビキなサウンドでないこと

まあ「Candy」とそこまで遠くないかな?と思われるものを中心に、適当に選んだ。)

 

《EXO》

・EXO-K「What Is Love」2012年;

ベクヒョンとD.Oによるボーカル。ブレスは削られている箇所が多い。局所的に目立たせているところはあるが、後半に多いので、曲の「盛り」目的(情報を多くし焦燥感を演出する等)と考える。ほぼなしとする。

・EXO「Growl」2013年;

ほぼなし、Bメロに多少あり。Aメロは特にブレスのための音の隙間が十分にあるように感じるがほぼカットされている。Cメロ前のバックの休止(ブレイク)は完全に全ての音が沈黙。ここにはブレスが入っておかしくないが、やはりない。

・EXO「Overdose」2014年;

ブレスほぼなし。

・EXO「Monster」2016年;

ブレスほぼなし。このあたりの楽曲から、SMEはコード感が非常に複雑or曖昧な進行にこれまたコード感が曖昧な多重コーラスを乗せるというアレンジ曲を多く出し始め、それは引き続き現在に継続している。が、このときはその「《超(ハイパー)》生命的」「宇宙的」なサウンド設計に則り、ボーカルのブレス(=自然主義的態度の象徴)も抑制されている。

・EXO「Power」2017年;

ちょっとブレスある。が、同時にバッキングのスクラッチに乗じたノリ重視のカットも多い。曲の内容が「We got the power」、またオリンピック開会式で披露されるような曲でもあるため、この頃のEXOには若干の自然回帰を認めてもよいのかもしれない。

 

《ベクヒョン・ソロ》

・BAEKHYUN&Loco「YOUNG」2016年;

ここらへんの楽曲はもう完全に2020年の今と地続き。ブレス云々というより、「ブレス(吐息)っぽい別録りトラック」が、Aメロ~サビ~ラップパート全編にわたってほぼ各小節4拍目に挿入されている。おそらくその別録りブレス音によって、「呼吸」の雰囲気=生命の空気、を演出するに足りているため、本物のブレス音は最小限にされていると思われる。

・BAEKHYUN「UN Village」2019年;

ベクヒョンの前作ソロアルバムの楽曲。ブレスややあり(部分的にカット)。が、アレンジの音の隙間の多さを考えると、音量が低め。またAメロの頭、間奏後の歌メロ前、バックの休止中、はブレスがカットされている。またこのアルバム、全体的に歌フレーズを締める目的の「吐音」はしっかり入っている。

・同「Stay Up」2019年;

上アルバムの2曲目。ブレスはやや目立つ。ラップパートは忙しすぎるためかカット。

・同「Betcha」2019年;

同アルバム3曲目。ブレスほぼなし。Bメロに少々あり。

・同「Diamond」2019年;

同アルバム5曲目。ブレスほぼなし(局所的にあり)。

 

 

《同時期の事務所内外》

・SUPER JUNIOR「THIS IS LOVE」2014年;

ブレスほぼなし。

BoA「Kiss My Lips」2015年;

ブレスが目立つ。セクシーなムードを作る目的と思われる。息を吸う音にしろ吐く音にしろ、やはりソロのほうがブレスは残しやすい(パートの切り替え(=トラックの切り替え)が最小限ですむ)。

・f(x)「4 Walls」2015年;

ブレス結構ある。意外である。目立つほどではないが、きちんとサビの途中にもある。

・BIGBANG「WE LIKE 2 PARTY」2015年;

ブレスほぼなし。

・TWICE「TT」2016年;

Aメロにあり。Bメロ以降はほぼなし。

・TWICE「BDZ」2018年;

ブレスほぼなし。

・PENTAGON「Shine」2018年;

ブレスほぼなし。咳までしてるのに。

 簡単な所感として、全盛期~10年代のKPOPには特にほぼブレスがない。(繰り返しになるがバラードは除外している。)

少々長くなるが、比較のため上記KPOPと同時期の2015年付近の米ビルボード系楽曲のブレス音についての所感も以下に挙げる。

 

《2015年付近・米ビルボード上位》

・PITBULL「Timber(feat. Ke$ha)」2013年;

ケシャのブレスが目立つ。ブレスがケシャの歌声の持ち味だと知り尽くしているの感がある。もはや芸術のブレス芸(芸と言ってはいけない。)ブレスはボーカルのアイデンティティのひとつ。

・Justin Bieber「Sorry」2015年;

ブレスほぼなし。フレーズ終止の際の吐息は大いにあり。

・Mark Ronson「Uptown Funk(feat.Bruno Mars)」2015年;

ブレスほぼなし。王道のファンクだがそれでもブレスほぼなし。意外。

Justin Timberlake「CAN'T STOP THE FEELING!」2016年;

ブレスほぼなし。Bメロに少々あり。Aメロに無いのは意外だが、歌フレーズのアタックの強さ、スタッカートを際立たせるためにカットしたのだと思う。ブレスまで明確だと旋律のトガりが後退してしまう。

 ・Ed Sheeran「Shape of You」2017年;

ブレスほぼなし。 ハンドクラップとボーカル+ギターだけの構成になる「Come on my baby come on」の部分には若干だがブレスの幻影が見える。浮遊感はあるがブレスはかなりコントロールされている。

印象としては2015~2017年の米ポップスも同様、ブレス音は抑制傾向がみられる

以下さらに、ここ1年の米国ビルボード系上位系楽曲を同様に挙げる。

 

《2019年・米ビルボード上位》

・Billie Eilish「bad guy」2019年;

ブレスというか、ほとんどがブレス()。相当小さい声で録ったのを重ねてるのではないかと思われる。なので逆にノイズを取る技術が凄い(小さい声を録る際は集音も上がるためにそのぶん余計なノイズも入る)。小さい声で歌っているのに歌に感情があるというのも凄い。吸音のコントロールはみられる。またブレス音を別録りしてループさせてるところもあるが、もうブレスという概念を少し出てるので、正直この曲については比較すべきでないと思う。カヒミ・カリィとしか比べられない。

・LIL NAS X「Old Town Road(feat.Billy Ray Cyrus)」2019年;

この曲が2019年ビルボードのトップというのがアメリカっぽい。ブレスはほぼなし、目立たない。確かにブレスがバッチリあったら泥臭すぎるかもわからない。カントリーというだけで人間み(自然主義的態度)は十分なのだろう。

・Post Malone and Swae Lee「Sunflower」2019年;

ビルボード年間2位。ブレスほぼなし。音色に浮遊感があるのが今っぽい。やはりわかりやすい浮遊感があると若干「人工感」が生まれるせいか、ブレスはカットされがち。

・Taylor Swift「Me!」2019年;

混沌としている。最初に「スゥ・・・」とあってもおかしくないがカット。1サビはブレスがある。2番でBrendonが入ってきて以降、Aメロにはあるがサビにはほぼない。二人以上のユニゾンになると確かにブレスは邪魔(ブレス音×2になって単純に耳障りになる)。ブレス音も、脳に処理を迫るひとつの音情報だということを再確認させる。

Katy Perry「Never Really Over」2019年;

ブレスがかなり目立つ。ケイティ・ペリーは昔からブレスを積極的に押し出す曲が多い気がする。個人のボーカルの良さを考えた際に、野獣性とかガッと食いついてくるオーラ、そういうものを前面に出したい時も、ブレス音というのは不可欠だと感じる。

 2019年以降のチャート上位曲には、ちょっとブレス音が増えている若干規格外のビリー・アイリッシュが風穴を開けたのかもしれない。

 

非常に性急かつ粗末な聞き比べではあったが、一応の全体的な所感としては、

最近、ブレス音復活してきてるな・・・?

ということ。

そして、楽曲におけるブレス音の位置づけの分類として見えてきたのは、以下4項。(※ただしこれはまったく狭められた個人的・感性的な分類に過ぎない。それ以外の意図でブレスを残している音楽家は数多いることだろう)

 

①「歌あるところに呼吸あり」といった自然主義的態度としてのブレス音残し

→適度な音量にコントロールされる

(→人の声の温かみや生命の空気をあえてなくしたい場合はカットされる)

②セクシャルな表現としてのブレス音残し

→この場合は過度に強調される

③旋律のアクセントやサウンドの感触としてのブレス音残し、あるいはカット

④デジタルサウンドの尊重としてのブレス音カット

 

①と④は、結果的には同じ状況をさす。自然的・非自然的、どちらの態度を貫くか?というだけの問題。

②は①の拡大解釈の結果と言える。人間の性的側面を大きく打ち出すことは自然主義的態度の高揚した形と捉えられる。

③はあらゆる楽曲で部分的にブレス音がカットされたり残されたりする大きな理由。

④は先に挙げた2010年代のKPOPおよび米ビルボード系全般に見られる傾向。

基本的に、①と④は意味的に背反するが、①とそれ以外の組み合わせ、④とそれ以外の組み合わせ、はあり得る。

 

***

 

 

2010年代のベクヒョンの周囲の音楽またはKPOP全体には、まずブレス音自体が少なかった。そしてその少なさは、KPOPのひとつの体質でもあったように思う。私自身の感覚によっても思い出されるのだが、KPOPはカルチャーとして米国に寄せてはいたものの、「米国のクオリティだけど米国ほど生々しくない、セクシー一辺倒じゃない」という長所を持っていた。KPOP以前、世界ではブリトニーやビヨンセ、ガガやリアーナといったセクシー&パワー路線のR&Bポップスが主流だったが、KPOPを最初期に評価したのはいわゆるそういった路線の音楽をことさら好む層ではなく、むしろオープンな米国文化とクローズドな日本文化の狭間で行き場を失っていたような若者たちだった、と私は回顧する。長く憧れてきた米国R&Bポップス固有の生々しさ、人間くささを、KPOPはアジア的な小宇宙的概念で翻訳し、「クリーンさ」を併せ持つ形で取り込んだ。

言うまでもないことだが、R&Bにおいてブレス音は最重要の要素のひとつである。何よりも先に「人が歌っている」という実感を音楽に与えることができる。前に述べた、ブレス音による音楽の自然主義的側面の補強である。R&Bはジャズから生まれたものだから、ライブ感の必要性はつきまとう。R&B界隈によるブレス音の拡大的な解釈の結実として、マイケル・ジャクソンサウンドロゴのようになっているあの破裂音的な吐音はあったし、またジェームズ・ブラウンの「ゲロッパ!」などもその例であろう。そしてそれらは全て、「感情の高揚」や「ノリ」という非常に人間的な、かつ自然主義的な動機付けがなされてきた。

また90年代から00年代のR&B‐ポップスの楽曲には、「スー、ハー、スー、ハー、」という、極端なブレス音の強調が散見されるようになる。90年代から00年代、ブリトニー・スピアーズデスティニーズ・チャイルドの時代の米国R&Bポップスが、ブレス音をセックスのメタファーとして用いているのは明らかである。

そんな米国R&Bポップスに対して、ジャニーズやヴィジュアル系ジュディマリなどを聴いて育った日本の若者が、そのブレス音のセクシャルな強調に馴染むには、結構なハードルがあっただろうと思われる。私自身もそうであったし、実際に日本でアメリカのR&Bのようなブレス音の使い方をするメジャーな楽曲はほとんどなかった。

アメリカンなR&Bポップスに近づきたくてもなかなか近づけない、という状況下で、じわじわとやってきたのがKPOPだった。そしてそこには、ハードルとなる「スー、ハー」がなかった。セックス=過剰に強調された自然主義的側面、の概念を必ずしも伴わず、ただ純粋に最新のテクノロジーが作り出す音の世界に没頭できる、カワイイ・カッコイイだけでもノッていける。よってKPOPにブレス音が少ないことは、当たり前のように感じていた。それがクリーンさの証、テクノロジーに対する音楽の姿勢の一貫性、でもあった。そういった純粋なテクノロジーの実践と素直な聴覚の喜び(当時は「中毒性のあるメロディ」というKPOPの形容が流行していた、非常に聴覚的な文言である)、それらこそが、米国R&BポップスとKPOPを分け隔てる、最初の分水嶺であったと感じる。

そして両者を分ける壁は、結構長く保った、と思う。

 

2019年以降徐々に表れ出した楽曲中のブレス音およびベクヒョン「Candy」のブレス音の特異性は、この壁を、超えるでもない、強化するでもない、無化し始めた、その点にある。この分水嶺の右か左かではない、プランCを見せている。つまり、テクノロジーへの傾倒によってブレス音をなくすでもない、セクシャルな表現としてブレス音を用いるでもない。どちらでもない。テクノロジー優先と解釈するにはブレスは多すぎるし(彼のブレス音は以前はもっとカットされていた)、セクシャルな表現としてブレス音が用いられていると考えるには、ブレス音は少なすぎる(ブリトニーやケシャの際立った呼吸音の例)。また今や音楽のいち側面と化したMVを見るにつけても、ベクヒョンが「Candy」において、わかりやすくセクシャルな表現を狙っているわけではないということは明らかだ。

ベクヒョンのブレス音が表現する「プランC」とは何だろう。私の耳には、「人間とテクノロジーのかつてなかったほどの純粋な融合」として届く。前述した①~④の分類の、意味的に背反していた①(自然主義的態度)と④(テクノロジー尊重)の断絶の、終焉だ。つい数年前まで、KPOPおよびベクヒョンの所属するSMEは、音響制作におけるテクノロジーの進化を前面に出した楽曲では、ブレス音を頻繁にカットした。なぜそうなされたかというと、「テクノロジーと人間とは根本的に住む世界が違ってしかるべきだ」という社会的な共通認識が、作り手の聴覚にも聴き手の聴覚にも、影響を与え続けていたからではないか。テクノロジーによってビームのように過ぎ去る音楽の上に、人間の自然な呼吸音は似合わない。テクノロジーの雰囲気を壊してしまう、と”耳が感じる”。それは観念の上で、両者の世界が離反していたからだ。つまり、人間は人間、テクノロジーはテクノロジー。という風に。そうやってはっきりと両者を区別する意識があったからこその、ブレス音の消去ではなかったか。そして、ブレス音が大きく鳴らされる場合は特定の理由や効果を必要としたことも、この境界認識に端を発すると考えられる。聴覚は聴覚のみによって独立しているわけではなく、常に「認識」の影響を受けている。そして「認識」を与えるものこそが、個人の思考や感情であり、その個人の思考や感情は、社会通念からの影響を、また常に受けている。

2010年代からおよそ10年が経ち、ここに述べるまでもなくテクノロジーは更に進歩した。ケータイでどこでも連絡を取り合えることに驚いていた時代は過ぎ去り、今やビデオ通話が加速度を増して普遍的になりつつある。音響制作においても進歩の歩幅は同じく大きい。以前は容易に融合しなかったはずの、デジタルサウンドと人間のブレス音が、同じ音響空間に、それぞれの精度を維持したままで独自に成立する。そんなサウンドスケープを私はベクヒョンの「Candy」に“見た”ようにも、思う。常に進化を遂げる技術が、サウンドと呼吸音を、今この瞬間にも結び付け直している。

 

浮遊する音の集合と、彼の人間としての呼吸が、同時に支持され、尊重されている空間。「Candy」のブレス音を実現させたものは、ここ10年のテクノロジーの進化でもあり、同時に、テクノロジーの進化を人間自身が自らの身体にフィードバックさせ始めた、その二者の、力学的作用ではなかったか。そしてその作用が素晴らしいようにも、また恐ろしいようにも感じるのは、人間がテクノロジーを内在化させることの結末を、音楽が、まだ描き切っていないからだ。内在化されたテクノロジーが私たちの身体で、聴覚で、どのように振る舞うのか?実験は未だ途上で、わからない。未来はこれまでにも何億回も想像されてきたはずなのに、いざその後ろ姿を捉えようと踏み出すと、未来そのものが曖昧だ。

しかし始まった。いま身体が、聴覚が、動き出した。本当の「テクノロジーとの融合」が、始まった。そんな気がする。ベクヒョンの「Candy」は、その予兆を、その喜びを、その恐怖を、意識的にか無意識的にか、閃光のように垣間見せる。その呼び声は「歌」でもない。「言葉」でもない。ただ息を吸い吐くという、人間がとうに聞き飽きているはずの、最も古臭い音の配列‐‐‐最も古い呪い、である。私たちは、デジタルサウンドの中で呼吸する準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

一瞬の光

 

ピカルディ終止、というものがあります。

 

簡単に言うと、「曲の最後にいきなり明るくなって終わる」という作曲技法のこと。

それまでとは違う明るい景色をペイッ!と見せて説明なく去る。みたいな感じです。

例えばイ短調で曲が書かれている場合、「短調」なので、基本的に曲のイメージは暗く悲しげなんだけど、

その悲しげな曲の最後に奏でられる「ジャーン!」を、それまでのイ短調ではなく、「イ長調」に一瞬だけ差し替えることで、

曲の後味を希望めいたものにする。一瞬だけ光を見せる。

厳密には「イ短調」なら「イ長調」(同主調といいます)に転換される場合を指すのですが、

ボヤ~ンとした会話では、「短調長調になる」というだけでも「ピカルディっぽいね」となったりします。

 

こういった「一瞬だけ光を!」的な技法、いろいろな曲に使われているんだけど、

思えばジャニーズの楽曲ではあまり聴いたことがない気がする。

(※もちろんゼロではないと思う。絶対どっかにはあるでしょう。。)

何でだろう?と考えてみるのですが、、

ジャニーズの楽曲って、だいたい一曲の中で「物語」がかなり順調に完成する感じがします。

一曲の中で、全て手に入れる。友情・努力・勝利とか。(ジャ○プ的な)

たとえ0から始まったとしても、100の姿をしっかり見せつけて曲が終わる、

例えば「キミが好き」なら「大好き!!!!!」って盛り上がって終わる。

途中でどんどんテクニカルな転調を挟んできますが、それは「好き!」を意識的に加速させるためのものであることがほとんどで、

その結末には疑いとか、悔いとか、あるいは思いもよらぬ新展開とかは、あんまりないような。

まあ、もしそうだとすると、「ピカルディ終止」のような技法って、そこまで要らないんですよね。

だってもう別に、思い残すところないわけで。

その後の展開はもう、見えてるわけで。。

最後の一音でわざわざ違う展開を残すとか、完成した空気を台無しにするだけです。

 

そんなことをボンヤリと考えていたんですが、

ピカルディ終止っぽいことやってる人たち、他のところに、

いるね。。。

 

 

三代目J SOUL BROTHERSさんの「RAISE THE FLAG」。


三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE / RAISE THE FLAG(Music Video)

 

youtubeだと最後まで聞けません。。。

ぜひ、サブスクなどで再生してみてください。

てか、これは厳密にはピカルディ終止じゃないのですが(ちゃんと該当するやつ探して来いって話ですがw)

 

終始、短調(Dm=二短調)で進みつつ、

途中ちょっと使うスケール(音階)が変わって、テンションコード(※特殊な和音のこと)など出てきて、オヤッとなるのですが、でもやっぱりずっと二短調で、

このまま終わるかな~、と思いきや、最後の最後、

 

時間05:28~「Oh~~Yeah~~」後の 《ホワホワホワ~ン♪》

 

で、おそらくAaug(ラ・ド♯・ファ)、長調を匂わす感じになってます。和音の中で最後までエコーが一番長く残るのもA(ラ)。

しかもこのA(ラ)というのは、この曲・二短調(Dm)の主音(※基本となる音)であるD(レ)の完全5度、

完全5度というのは、まあ「D(レ)=家、としたとき、A(ラ)は家からの距離が5歩だよ」、くらいの理解でOKなのですが、

5歩というのが重要でして、

「家から5歩」というのは、基本的な進行において、「めちゃめちゃ家に帰りたくなる場所」なんです。

つまりめちゃめちゃ戻りたい=めちゃめちゃ不安、な場所ってことです。

この曲は「長調の予感(Aaug=メジャーキーを含む)の音」でありながら、同時に「めちゃめちゃ不安な位置の音」で、敢えて終わってる。

不安だね~不安だね~(泣)・・・でもキラキラ~!ってことです。情緒不安定?

(※ほんでもっと言うと、Aaugの「aug(オーギュメント)」ってのは、A(メジャーキー=明るい)を、不安要素たっぷりにしろ~!というような指示です。めんどくさいので割愛します。)

 

 

もうひとつ、

BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBEさんの「ANTI-HERO'S」という曲。


BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE / 「ANTI-HERO'S」 Music Video

 

 

この曲もラスト聴けない・・・

こちらもサブスクなどでご確認ください。

全体として短調(Gm=ト短調)と長調(B♭=変ロ長調)〔これらはどちらも譜面上で♭2個です。転調が譜面上にあまりクッキリ出ません〕が混ざり合っている曲。

楽曲の外観としては、短調のほうがかなり強めに出ている感じがします。

が、しかし、曲が終わる最後の最後、

 

時間03:44~ 《ピロピロピロピロン♪》

 

っていう音は、完全に長調になっているのわかるでしょうか。

このピロピロリン、和音としてはB♭メジャー(シ♭・レ・ファ)で、それが分散される形のアルペジオ

曲の調性はB♭マイナー(変ロ短調)ではない(=同主調ではない)ので、ピカルディ終止まではいかない。けれども、非常に似た感触があります。

これも「一瞬射す光」というやつです。

さらに、この最後のB♭は、それまでガンガンに鳴っているベースE♭の完全5度の位置。さっきの三代目さんのラストとかなり似ていて、不安の中にも希望がある、といった終わり方。

 

しかしこの曲、非常にスッキリしているようでいて、混沌としてます。

曲の調性としては、Aメロ~Bメロがト短調(Gm)、Bメロの最後に長調感が一瞬出てきて、サビが変ロ長調(B♭)、、

と言いたいんだけど、サビはどっちの調も入ってる。

一和音ずつのレベルで「これは長調っぽい」「これは短調っぽい」を交互に繰り返しています。

さらに言うと歌メロはト短調を継続している感が強く、しかしベースは変ロ長調どころか、変ホ長調(E♭)っぽい。(ハ?)

和音としてはどれもちゃんと形式を踏まえられているのですが、各パートのやってることの組み合わせを考えると結構な具沢山で、

これどう解釈するのが一番いいんですかね???と考えているところ(※案は限られてはいますが、私の頭では答えは出ません)。

 

なんでいきなり変ホ長調が出てくるかというと、、

ちょっと話がそれるのですが、めんどくさくなっちゃうかもしれない。。めんどくさい方は読み飛ばして下さい・・・

この曲「ANTI-HERO'S」(アンチヒーローの=アンチ英雄の)って名前の曲じゃないですか。

大昔、ベートーヴェンって人が書いた交響曲第3番「英雄(エロイカ)」(エロイカは伊語ですが英語で言うHeroic(英雄的な)です)って曲があって、その曲が、主として変ホ長調(E♭)なのですね。

ほんで、この「ANTI-HERO'S」、サビで循環しながら繰り返し出てくるベース音

 

E♭I'm gonna be the ANTI-HERO

F 《心燃やしてFire up》

G 《譲れぬ意志貫きLouder》 

(B♭ 《道なき道の先へRide out》)

 

の動き、これはベートーヴェン「英雄」で用いられる変ホ長調のキーとギリギリ一致するんです。

意識的なんですかね???とか思っちゃったりして、、考え過ぎ・・・?

 

この「ANTI-HERO'S」、Aメロにはちょっとなんか三味線を思わせる「テンテケテンテン♪」というフレーズ(フリジアンスケール〔特殊な音階のひとつ。スパニッシュな感じや日本的な雰囲気が出ます〕を使ってるのかな?)があったりして、そういうところも面白いです。

でも曲が終わるぞ、となって、ピロピロリン♪の後の少しの余韻をしっかり噛みしめると、後味は爽快というか、明るい。B♭メジャー。この音はそれまで強くのさばってたト短調(Gm)の余韻を、変ロ長調(B♭)に強く振り切る音。

こういう、一瞬の長調、というのは、最初から最後までず~っと長調、というのとは違って、

「アッッ!!今なんか違うもの見えた!!!」っていう効果があります。そしてすぐ消える。

流れ星みえた、みたいな。

 

 

さて、ピカルディ終止の例から話を始めましたが、

LDHさんの楽曲にはこの「一瞬だけ長調」とか、「一瞬だけ長調感を出す」というのが、ほんと、メチャクチャ多いです。

こういう曲の締め方をやっているというのは、やはりそういうモチベーションがある。ということに尽きてて、

それは歌詞の内容に深く関わってくるのですが、

バリボさんの場合はタイトル「ANTI-HERO'S」(=アンチヒーローの〔もの〕)、

三代目さんは「RAISE THE FLAG」(=〔その〕旗を掲げろ)、

どちらもタイトルから想像できるように、「これからやってやんよ~!!ぶいぶい!!」って曲なんですね。

三代目さんに至ってははっきりと「革命」がどうのこうの、と歌っている。

以下、歌詞引用。

 

I'm gonna be the ANTI-HERO 心燃やしてFire up

譲れぬ意志貫きLouder 道なき道の先へRide out

I'm gonna be the ANTI-HERO 答えは胸の中

I don't give a damn about the fame 世界中敵にしてもGo your way

/BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBEANTI-HERO'S」

 

新たな旅立ちへの夜明けI'll show you 戦う者たちのシュプレヒコール

We stand strong 雑じり気ない鼓動重ね合って

踏み鳴らせ 沸き上がったGroove

まだ名もなき革命へのMove

Now follow me Raise up 旗を掲げろ 真実の歌響かせろ

Stand up everybody 今すぐKnock it down

スピード上げて (Beyond the future)

ボリューム上げて (Beyond the future)

その手を上げて  (Beyond the future)

夢の先へとBeyond the future

/三代目J SOUL BROTHERS「RAISE THE FLAG」

 

・・・

両者グループは違えど、歌詞の内容はとにかく未来を向いていて、

その未来に対して決して楽観はしておらず、不安を抱いているけれども(=短調)

でも音楽は、その短調の不安・憂鬱に付き合いながら、最後の決別の際には、明るい未来の片鱗、希望が叶うことの予兆を、見せてくれる(=長調化)

断定のない希望の確実さ、というと不可解ですが、

「断定しないけれども断定する。」という矛盾した確実性の表現さえ、言葉のない音楽にはできるぞ、ということを、非常に明確に表しているように思います。

 

しかし何というか、三代目さんは今やベテランで、バリボさんはピチピチの若手の方々。かなり心境は違っているはずなのですが、

他のグループ、例えばTHE RAMPAGEさんやGENERATIONSさんを見ても、こういった反骨の曲、さらには短調で、短調のまま終わるのだけど、時折長調の片鱗を見せる、といった曲はもう、いっっぱいあるというか、全部そうw。と言っても過言でないくらいあって、、

おそらくこれはLDHのひとつの今のカラーなのじゃないかな、と思われます。

00年代のEXILEさんの曲は、もっと雰囲気やロマンチックさ重視で、

例えばテンションコード(前述の通り特殊な和音のこと。これを使うとオシャレな音になります)の使用も、王道の使い道というか、

正に「オシャレな雰囲気作り」として使っている。これはジャニーズとそんなに変わらないです(方向性は違っても)。

 

でも今のLDHは、このテンションコードを、雰囲気作りというよりは、「救済のメタファー」のように使っているように感じます。

テンションコードだったり、調性を一時的に崩すあらゆる手法が、鬱鬱とした世界観に差し込む光を表現するように、散りばめられている。

実際、冒頭に触れた「ピカルディ終止」というのも、中世の教会音楽において「忌まわしきもの、悪をあらわすもの」とみなされていた短調の音楽を、

最後に神が救ってくれるように祈りを込めた手法、という形で、多用されたものなんですね。

 

その神秘性が薄まった、いわゆる「オシャレさ」として我々は普段「短調長調化」を聴いているわけですけど、

LDHはむしろその古き良き神秘性を頼りに曲を作っている、という印象を持ちます。

 こういう音楽の作り方は私はとても好き。

誠実だなあ、としみじみ好感を抱いてしまいます。

制作する方々が、「耳で聴く」音楽の力をどこかで強く信じて、尊重していないと、こういったアレンジは実際にパッケージにはなりにくいと感じます。ラストの一音なんて、歌も乗っていないし、聴きそびれてもおかしくない箇所だし。

やはりダンスがルーツの方々だから、音楽が常に死活問題、なのだと思います。音楽が秀でてないと、身体は動きませんよね。

そういう意味で、LDHは音楽の力を未だどこかで信じていて、音楽を「聴こう」と思っているし、「聴いてほしい」と思っている。ストリートから一大音楽事務所へと成長した方々のモチベが詰まっていると感じます。やはり元が野球チームだった某事務所とはシリアスさが違うw。。

革命の成功を祈り、神の救済を祈り、何よりも彼ら自身の希望ために、音楽を鳴らしているのかも。

 

そんなことを考えたりなどしつつ、本日はこれにて。

わかりにくくなっちゃったナ~。

 

 

 

 

 

触覚と四次元

 

洋裁を趣味にしているので、夏は衣服を購入することが少ない。買うのは自分で作ることのできないバッグやニット類、靴など。

最近は洋服も安価なものが増え、作る方が高くつくこともしばしばだが、首まわりの寸法や丈感など、自分で作る方が確実に思い通りになる。そして身体のサイズにぴったりと合った洋服は、より上品に見える。イギリスのケイト妃のワンピース姿が可憐かつ上品なのは、そのファッションセンスもさることながら、身体の上で布の余りが無くなるよう、ひとつひとつ丁寧に補正されているからだと思う。布が余ると必ずどこかでシワになり、シワの余計なラインがその服を安く見せ...(と、補正について語りだすと止まらないので、ここらへんでやめておこう)。

 

さて、そうして夏は衣服にお金をかけないことを主義にしているのだが、先日コットンのカーディガンを2枚ほど購入した。カーディガンは編めない。しかも夏のカーディガンは、袖なしのワンピースを着る際には必須の携帯物。全く着ないことはまずないし、場合によっては毎夏、毎日使うことになるので、今年は無○良品や○ニクロは卒業して(実際今年はあまり良いものがなかったし)、少しお高めのものを、半額とかになってるのを目ざとく見つけて買ってみた(やっぱりちょっとケチる)。実に久しぶりの衣服の購入であった。

 

 

新しい衣服に袖を通すと、身体は暖かくなる、と同時に、自分のまわりの空気が、ひんやりと、清廉なものになる。着慣れた衣服に身を包んでいるとき、周囲の空気は自分と同化し、ぬるくなる。それはそれで不快はない。着心地がよい、というのは、周囲の環境や空間と調和することでもある。だけどそのぶん、自分の身体と空気の流れとの心地よい違和感を、感じる機会は減る。

悩みに悩んで買ったカーディガンを羽織ると、自分の身体のかたちが一瞬フワッと浮かび上がり、身体自身がそのかたちを、感知したように思えた。新しい空気が自分のまわりに流れている。その中で、それまで曖昧に空気の中に淀んでいた「わたし」というものが、輪郭線を持った存在としてイメージされてくる。自分で作った衣服だと、ここまで劇的な感覚は起こらない。おそらく布地を選び裁断し、ミシンで縫い合わせる中で、少しずつその布地に身体が慣れていくのだろう。完成した頃には既に、着慣れた衣服に近くなっている。

それに反して、新調した衣服はいわば未知の物体、おのれにとっての「異物」である。新しく不慣れな素材が、身体に抵抗する。そして身体も同じ程度の力で、衣服に抵抗する。物質どうしの摩擦。安定しないエントロピーの流れ。そういうささやかな物理的現象の中で、わたしは「わたし」をもう一度、見つける。それがおそらく、衣服を新たにすることのちからであり、また身体にとっては、触覚のちからでもある。

 

 

唐突だが、「触覚」について、マルセル・デュシャン(1887-1968)がこう語っていた。少し長くなるが、紹介したい。

 

 

「四次元がどうのという話はみんな1900年ごろ、あと、たぶんその前でした。ただ、アーティストたちの耳に入ったのが1910年ころだった。当時わたしが理解したのは、三次元というのは四、五、六次元の始まりでしかありえないという部分。どうやれば他の次元にたどり着けるのかがわかってるなら、ということですが。ただ、四次元がどういうふうにして時間であるということになっているのかを考えたら、これはわたしには合わないな、と思うようになった。」

「四次元というのは時間の次元じゃあないというのがわたしの言い分です。物体には四つの次元があると考えることができるという意味。でも、それを感じ取ることのできる器官として、わたしらに何があるのか?眼ではふたつの次元しか見えんわけですから。触覚でもって三次元。なのでわたしは、四次元物体を物理的=身体的に捉える助けになる感覚といえば、これまた触覚ということになるだろうなと考えた。」

「たとえばナイフ、小さなナイフを握っていると、四方八方からいちどきに感覚が伝わってくることに気がついた。で、四次元感覚に可能なかぎり一番近づくのがこういう場合なんです。」

(マルセル・デュシャン、カルヴィン・トムキンズ[聞き手]『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ  アート、アーティスト、そして人生について』中野勉訳、河出書房新社 2018年)

 

そして更に、

 

「われわれの空間上へ四次元の図形が投げかける影は、三つの次元を持つ影である」

(前傾書より)

 

 

私は次元や時間に関する物理学的解釈の歴史には疎いが、この考え方は実に面白いなあと思う。

つまり、デュシャンが言うには、四次元という未知の次元へのヒントは「三次元=触覚」のなかにあるはずだ、と。なぜなら、「二次元=視覚」のなかには、三次元のヒントが実際にあるから。それが「影」である。人間の目は双眼であることによって遠近(=三次元)を知覚する機能があるけれども、それに頼らずとも、「三次元」は物体がつくる影の色彩の変化(空間の一部分が灰色や黒になる=二次元)によって、捉えられる。影という形で、三次元は、二次元のなかに姿を現している。その論理を延長すると、四次元もまた三次元のなかにヒントを残しているはずだ、というのが、デュシャンの考え。よって三次元を主に知覚する役目を担う「触覚」のなかに、四次元への入り口はあるだろう、と。

 

デュシャンのような考えが現代物理学の中ではどういう位置にあるのかわからないが、デュシャンは物理学者でないだけに逆に素人にはわかりやすく、なんだか妙に納得させられる話である。目を開いて耳を澄ませて、あらゆるメディアに私たちは接するけれど、目を閉じ耳を閉じ(まあ耳は閉じられないが。このことは実は大ごとである)、ただ手触りだけを感じる、そういう機会は、意識しなければほとんどないに等しい。「触る」という知覚分野の必須科目に対して、少なくとも私自身は、結構に不真面目な生徒であるなあ、と思う。

 

しかし昨今では、例えば誰かとハグするとストレスの大部分が消失するとか、ぬいぐるみを触るとセロトニンが分泌されるとか、触覚は実際に、現代社会が欠乏に陥っている重要な要素をちょいちょいと拾い上げている印象を受ける。

代表してタピオカ。タピオカブームも、私には「触覚」の分類に感じられる。求められるのはサラサラと掴み所のない液体の感触ではなくて、より強固な歯触り、舌触り。スタバの限定フラペチーノなんて、もはや飲み物というより食べ物に近いのは、きっと皆さまがご存知。

それからひと昔前には、ナタデココのブームもありました。時期的にはちょうどバブルの崩壊期(91〜93年頃)で、世界経済の力のバランスが崩れようとしている現在と同じく、社会が大きく変容した時期だった。

 

徹底して無自覚であるけれど、社会から受ける大きなストレスや、自己の存在の不安定さを感じたときに、私たちは触覚的な文化を偏愛する傾向にあるのかもしれない。触る、ということが自分たちを幾分かでも癒してくれることを、頭ではなく身体が察知している。日常にハグもベーゼもない日本人が、そこはかとなく出す「実存」的なSOS、触覚はそういうものも担っていると思う。

(そういえば世の女性の憧れシチュ(?)「壁ドン」も今や顎クイ、顎ズン、頭ポン、おでこコツン、顔ムニなど、どんどん触覚的に移行しております。)(※今をときめくKing & PrinceがBS「ザ少年倶楽部」でやってる「少クラ胸キュン劇場」というシリーズ企画でその事実を知る。)(ガン見。)

 

なにかを触るということ、なにかに触られるということ。

自分と自分以外を隔てる曲面を、あるいは他人や他の物質がもつ存在の境界面を、手触りとして感ずること。

見ることや聴くことだけに注意が傾いてしまいがちな日常で、いま改めて吟味すべき情報は、実は「触覚」のなかに隠されているのかもなあと、改めて思う。そしてその手触りに含まれる救済こそが、もしかしたらデュシャンの言う「四つめの次元の影」、なのかもしれない。

 

 

 

「われわれがいちばん欲しいと思っているのは、ただしっかりと抱きとめてもらい......そして言ってもらうことなんだ......みんな(みんなというのはおかしなものさ、赤ちゃんのミルクだったり、パパの目だったり、寒い朝の音をたてて燃える薪だったり、梟(ふくろう)だったり、学校の帰り道のいじめっ子だったり、ママの長い髪の毛だったり、こわがることだったり、寝室の壁のゆがんだ顔だったり、するんだからね)......みんなそのうち、きっとよくなりますからね、って。」

(カポーティ『遠い声 遠い部屋』河野一郎訳、新潮文庫 1971年)

 

 

 

 

 

 

 

つながりを選び言葉を捨てた友へ

 

先日、大学時代のサークルの同年で構成されたLINEグループを退会した。2度目である。なぜ2度目かというと簡単な話で、1度目はLINEを始めた際に誘われ、やってるうちに腹が立って程なく辞めた。恥ずかしながら罵詈雑言のいくつかは吐いた。2度目は必要性を感じての再挑戦だった。1度目に誘ってくれた友人に再度招待してもらい、結果、見事に数日で限界が来て、退会した。その友人からはそれ以来音信はなくなった。

 

 

春先から生命について考えることが増えた。このどうしようもないものを、いかにきれいに、出来るだけ苦痛や汚濁なく、水がさらさらと流れるように終わらせることができるか、考えるようになった。色々な方法を考えては、不可能を感じて絶望した。絶望を繰り返すうちに、自分が嵌りつつあるその絶望の暴力的なまでの主観性に、辟易とするようになった。リスカや、服用している薬の列挙や、タトゥーや、あらゆる傷跡を写真に撮って、ただ寂しいからといって見ず知らずの人間にリプライやダイレクトメッセージを送るような絶望のいじましさを、SNSでは腐るほど見てきた。絶望を絶望として咀嚼するのはよいとして、それをアイデンティティにし始めたらいよいよ終わりだと思った。生命としてでなく、尊厳として私はそれを嫌った。その気持ちを維持するためには、客観的な知識が必要だった。幸い主観的な陶酔から抜け出せぬほどにはまだ衰弱してはいなかった。以前購入したまま本棚に挿してあったデュルケムの『自殺論』を、このとき手に取った。

 

デュルケムは近代の社会学者である。よって『自殺論』は精神医学的な見地ではなく、あくまで「社会」を深く見据えるために自殺を論じた一冊である。様々な考察、分類、あらゆる手続きで彼は自殺の根源を捉えようとする。その長い書物の端々で、国による統計が足りない、比較のための資料が残されていない、と彼は嘆く。嘆きながらも、限られた資料の中でまた新たな比較対象を見つけてゆく。自殺理由やその条件、時期などの統計比較に粘り強く取り組みながら、同時に彼は、自殺というものがたったひとつの理由や、言葉にできるような明確な理由によって引き起こされるものでないことも、痛切に語った。何ページにもわたって、ひとりの人間の自殺に対する統計の無力さを綴っている。論文の体をなした、手紙のようであった。血が通っている。その情熱、親密さから、『自殺論』は社会学の論文というより一つの思想である、と捉える読み手も多い。目を通しながら胸があつくなった。重要な箇所をメモしていたが、その白熱した文章に、メモがなかなか途切れず、こちらの手が痛くなった。

 

私には自分を絶望から引き上げるものがこの書物しかなかった。なので、書かれてあることを実践した。する以外に道はなかった。デュルケムは、自殺の抑制には社会的な強固なつながりが最も有効であることを強調して記している。かつて、それは主に宗教的なつながりだった。しかし宗教改革以降、そのつながりは薄まるばかりで、科学の発展がそれに拍車をかけた。それでも人と人のつながりは宗教だけではない。家族間のつながり、恋人や、友人とのつながり。それらを強く何重にもすることで、自殺は抑制できることをデュルケムは結論とした。

 

私はやらねばならないと思った、つながりというやつを。だが私にはつながるものが何一つなかった。家族とは何ヶ月も話していないし、話す気も起きない。それでも何かやるべきだと思った。強いつながりならば何でも良いというようなことすら書いてある、だったらネットだっていい。LINEで友人に話しかければ良いではないか。何も無いよりはいい。それにネットとはいえ、かつては毎日のように顔を合わせた人々なのだから、見ず知らずの他人でもあるまい。何かとつながることが、多分私を救うことだ、その一番ハードルの低いところから、やるべきだと思った。そうして、2度目のLINEグループに招待してもらった。だがやはりそこには、以前と変わらぬ、「空気」があるのだった。

 

 

「LINEグループが活発になることはほとんど無いよ」と複数の人から同じ言葉を聞いた。なので、活発な会話がなされることはあまりないことは知っていた。話がしたくなければ、しなくてもいいし、したければ、してもよい。だが私が目にした空間は、発言をしては謝り合う空間だった。なぜ謝るのか?通知が鳴るからだ。通知があまりにも頻繁にあると、人の大切な時間を奪うことになる、ということらしい。沢山話すことは結局誰かの迷惑になるので、メンバーの一人一人が、「話さないこと」を前提として成り立っているような、そんな空間だった。

 

私はやっぱり疑問だった、LINEに文字数の制限はない。アプリ内の通信の制限もほぼない。なのに私たちは沈黙している。会話というものが、こんなに身近に、何千キロも離れた人と人を容易に近づける媒体が今ここに存在するのに、沈黙をルールとして、沈黙し続けている。完全に、テクノロジーに、コミュニケーションの意志が負けている。しかし沈黙しているのに関わらず、「グループ」としてつながりを維持しようとしている。肌に触ることもできない、顔を見ることもできない、ただ無限の言葉だけが許された空間で、その言葉すらありがたがらずに放棄して、ただ眺め、「つながり」を確認している。忙しさ、個々の時間の使い方...色々な意見を聞く。だが私は、発言すら厭うほど他に譲れないものが多々あるなら、それこそ退会するという手段もあると思う。ただのグループトークである。しかしそれでも居続けている。「つながり」という、可視化されたセーフティネット

彼らは「つながり」というくくりさえあればいい。実際のつながりは、各々が現実のどこかで誰かと既に持っている。それでおそらく、満足している。だからこそ彼らのLINEグループという「つながり」は、死んでいた。そこに意志がないからだ。

彼らは基本的に首都圏に住んでいる。私は日本の南の方の端っこにいる。飛行機が飛んでいるが、私は耳の不調があるので、なかなか実際に会いに行ける距離ではない。そのこともきっと大きく影響している。

 

 

私が喋り続けていたら、メンバーの一人(Aとする)が、好んでいるアーティストを勧めてきた。私のあまり好きではないアーティストだった。なのでとりあえず「私にはよくわからないアーティストだ、良いと思う曲の曲名を教えてほしい」と発言した。するとAは「自分でググれ」と発言した。おそらくアーティスト自体を私が知らないと思っているようだった。「そうではなく、一通り私もそのアーティストは知っている。だがピンと来たことがない。だからあなたの好きな曲を教えてほしいのだ」と述べた。Aは「売れるには理由があるよな」と言いながら2曲を挙げた。私は両方を聴いた。一曲は割と好きだったが、もう一曲はいわゆる「産めや増やせや」をマイルドにポップに、幸福感で演出した曲だった。私はそのことを指摘した。するとAは「批評家でもあるまいし」と言って、以降私の意見に言葉を返すことはなかった。そして一部始終を見ていた他のメンバーは、沈黙していた。Aと私の両方を取り持つような発言が一人のメンバーからおずおずと出て、その話は流れていった。

沈黙するメンバーの無言の画面から、「ホッ」と、安堵のため息が複数、重なり合って聞こえた気がした。「ケンカが終わった」と。誰かからなだめられるようなケンカなんて、した覚えはないのに。私はAが提示した曲で無視されていた、家族の複雑さの話を、友人達に、伝えたかった。そしてそのことについて、もっと意見が聞きたかった。Aを説き伏せたいために批判したのではない。言葉も選んだ。選んだがゆえに、勿論長くはなった。しかし沈黙を強固なルールとしてきた彼らにとっては、突如現れた女による批判の展開は、ただのケンカ、揶揄や罵詈雑言の類いだったのだろう。無理解や誤解は、なぜか画面越しの沈黙からも痛いほどに伝わるものだ。そして翌日、実際に他のメンバーがこう発言した、「俺らは顔も見えない場所で意見の分かれるような侃侃諤諤とした論議をするのを嫌う」。そして「俺の奥さんがお前の発言を楽しみに見ている。最近子どもと話してばかりで、お前みたいなアダルトな会話に飢えてるらしい」。

 

 

沈黙。

 

 

私は一人だった。とにかく腹が立ったので、とことん見世物のチンパンジーになることにした。言葉を使ってあらゆる曲芸的なバカバカしさを演出しまくって、言葉の濁流を流し込んでやった。罵詈雑言の類いではない。ただただ言葉の濁流だ。ピッカピカの「淡水の交わり」にバケツを倒す。孔子も真っ青なやつ。誰も理解しなかっただろう。頭のヘンなやつと思って終わりだろう。それでいい。こんなものは「つながり」じゃない。「淡水の交わり」でもない。「和して同ぜず」でもない。「和して同じて和して同じて..∞」。ここにいる人々は沈黙し続けることによって永遠に「つなが」り、永遠に「同学年」なのだろう。会話もしない、批判もし合わない、「友人枠」のための友人、だろう。「つながり」のためのつながりだろう。そういう世界で、ひとり本心を交わし合いたいと願う私は、ただの狂人だ。私は降りる。偽物だ。こんなつながりは私を、いや恐らく誰も、絶望から救わない。

 

しかし、

 

しかし、である。私も私で、「つながり」だけを求めて、この「つながり」の場にやって来たのだった。動機はほぼ同じ、私が救われたいように、もし彼らも何かから救われたいのだとしたら、私は何かができただろうか。彼らを救えただろうか。

 

答え。何もできないのだ。だって沈黙しているのだから。苦しみがわからない。悲しみがわからない。お互い様だ。お互いに、お互いの絶望がわからない。そういう意味で、私は彼らを批判しながら、私自身も批判され得ることを、自覚した。

 

ただ、この救いのなさに光があるとすれば、それでもやはり会話しかないのだ。沈黙が誰かを救うことはない。沈黙は誰かに恥をかかせないためには、機能する。しかし恥というのは厳密な意味で絶望とは違う。もっと切実で、崖の淵で風にあおられているような感情を救うのは、インターネットという仮想空間においては、言葉しかないのだ。ここでは沈黙は金ではない。沈黙のうちに手を握ることはできないのだから。抱きしめることはできないのだから。もしかしたら、もう二度と会うことはないのかもしれないのだから。だから私たちは言葉を尽くさなければいけないのではないか。言い合いになることを、先生に叱られる子どものように恐れている場合では、ないのではないか。(いや、もっと軽い気持ちで彼らは、言い合いを避けている、例えば、雨に降られたら困るから洗濯はやめとこう、というような。彼らにとって「言い合い」は「雨に降られること」であり、それ以上ではあり得ない。彼らにとってLINEグループは保険であり、遊びであり、言葉もまた、遊びである。「つながり」も、遊びである。)

 

結局、いまテクノロジーによって好きなだけ言葉を交わせる友の一群ではなく、この星には既にいない100年の昔に生きたエミール・デュルケムと、私は言葉を交わしあった。多分、それで全ては終わりだった。私の試みは失敗し、かえって亀裂は深まり、絶望は依然として胸中に居座っている。デュルケムの言ったことは本当だ。強固なつながりのもとで、初めて人は生きてゆける。そしてそれは険しい道なのだ。簡単には手に入らないし、手に入ったと思っていても、時間とともにそうでなくなっていたりするのだ。

いつか死ぬ運命が、死ぬということに収斂するだけのはずの生が、どうしてこんなに険しいものなのか、わからない。

死んでもわからないだろう。

 

 

 

(ちなみに、LINEグループを退会した後、私の批判以降音沙汰のなかったAから個人宛にメールが来た。「お前はもう少し楽になる場所を探した方がいいんじゃないか」。私は胸中にある絶望を吐露した。今思えば愚かな行為だった。Aは真夜中にも関わらず率先して「新しいことをやるべきだ」「どうせ死ぬなら夢を追ってみるべきだ」と熱心に私を励ました。私に夢などないが、まあ確かにそれもそうだと思った。正直、LINEグループを含めて、この時が一番誰かとつながっている実感を得たことは否めない。)

(1週間ほど、私なりに出来そうなことを考えて、以前行っていたブックカバーの販売をまた始めることにした。Aには「よければツイッターをフォローしてくれたら嬉しい」と報告した。返信は無かった。)

(10日ほど経ってから、新しいことを始めた報告に、返信すら無かったことがとても残念だった、という旨をメールで伝えた。絶望の分だけ、私はAの言葉を信じていた。だから彼の無視は言葉で言い表せぬほどショックだった。)

(今思えばAは、私が絶望感を抱いていることを知ったとき、真っ先に自分が加害者的立場になることを恐怖したのだろう。励ましの言葉は、私に向けられた励ましではなく、彼自身を守るための弁護だったのだろう。)

(そのメールに対して、Aは事も無げに「ゴメン、全く無意識だった」とだけ返した。)